【基調講演】第51回「民主主義社会における正義とは?」

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裁判とは簡単に言えば、国家の司法権を背景に、様々な争議・紛争を法定に基づいて第三者が判断を下すことを言います。

また裁判を行う場所は基本的に裁判所であり、裁判官が調停役を務め、裁判の原因となっているものを間に置いて、2者間の主張に対して時に和解という結末を見ることもありますが、おおよそどちらかに正当性を認める判決が下されます。

このように社会生活においての争議・紛争に対して、法的な立場からその解決策を見出そうとするものですが、ここにおいて問題なのが、必ずしも納得のいく判決が下されるかと言えば、けっしてそうではないということです。

要するに真実が捻じ曲げられ、偽りや不正を行っている側に正当だという判決が下されることがあるということなのです。強いて言えば、弁護士が間に入った場合など、担当弁護士は依頼人のために働かなければならず、そこにおいての真実とは、依頼人にとって有利なことが基準となるのです。

ですから担当弁護士は依頼人の不利になることは決して公表したり、発言したりすることはありません。全ての裁判がそうであるというわけではありませんが、今回テーマとして取り掲げたい内容は、時として、真実が真実でなくなり、真実が踏みにじられているのではないだろうかということです。

そして、より優秀な弁護士や経済的に豊かな側がその政治力を利用して、真実を捻じ曲げることもできるという現実です。もはや裁判所の果たす役割は争議や紛争を終わらせることであり、真実を判断する場所ではないということにもなります。

そこで皆さんに考えていただきたい内容は、民主主義社会における正義とは何であり、また、真実なる正義とは果たして存在するのか?更には真実なる正義とは必要なものなのか?ということです。

どうぞよろしくお願いします。以上です。