【基調講演】第30回「人が他のために生きることが出来ない理由」

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これまでフォーラムでは様々な問題に取り組んで来ました。

「少子化と高齢化社会」「自殺」「いじめ」「孤独死」「エネルギー」「医療」「家事育児」・・などなど。

地球規模で見れば、人口の増加と食糧問題、環境破壊、戦争などが挙げられます。

これらどの問題を挙げてみても、その解決の道は、色んなところにあるというのではなく、結局人間自身の心の問題であるということに行きつきました。

これまでの過去において問題解決の方法として、その原因を資本主義という制度の問題であるとか、政治家たちの政策に問題があるとか、資本家たちに問題があるとか、法律に不足な部分があるとか、常に人間を取り巻く環境や制度に向けてきました。

しかし、結局突き詰めていくと、問題の本質は、環境や制度にあるのではなく、まさしく人間自身に問題があり、人間の心の在り方や考え方自体にあるのだということが明確となってきました。

誰もが平和を願い、幸福を願っているにも関わらず、今日まで一度たりとも、その願いを実現できずにきた根本問題が、実は人間の心の中にあったということなのです。

では、人間自身の心の問題とは一体何なのか?そしてその問題を解決する道はあるのか?

この心の問題というものを一言で表現するとすれば、エゴイズムという自己中心的な心であるということが言えるのです。

原発問題、集団的自衛権、憲法改正・・・・。これらの問題も結局は意見の対立ということですが、その対立の中に、人間の心の問題が一番奥の根っこの部分に隠れているのです。

反対派、賛成派、そのどちらであるにしろ、真の意味で相手を思いやる心よりも自己中心の利益を求める心がどちらに必ずあるわけです。

その心がどちらか一方であっとしても、存在する限りにおいて、真の問題解決を達成することが出来ないということであり、これは極めて単純な話なのです。

ところで、この問題は何も今はじめて語られることではなく、これまで多くの先人たちも人間のこの心の問題、自己中心的な心の問題。これらを訴えてきましたし、主張してきました。

しかし、その先人たちもこの心の問題を提議こそすれ、解決の道を示すことが出来ずにきたのです。

世界的規模のキリスト教でさえも、愛を説き、犠牲の精神を説いてきましたが、そのキリスト者の中においても、人種差別の問題を解決することが出来ないばかりか、キリスト教国家のアメリカ社会においても白人と黒人を分けて礼拝を行っているという教会が事実あるわけです。

仏教においても釈迦入滅後、今日まで2500年にも及ぶ歴史を持ちながら、仏教の教えが世界を導くことすら出来ていないのです。

それほどに、人間の心の中に潜む自己中心的な思いを克服するということが如何に難しい問題であるのかということが言えるのです。

さて、この心の問題。これを解決せずして、人類に未来はないでしょう。

そこで今回から回を追って、この問題に取り組んでいきたいと思います。

その第一回目として「人はなぜ他のために生きることが難しいのだろうか?」というテーマで、「人が他のために生きることが出来ない理由」について、その理由を挙げて頂きたいと思います。

そして、その理由を克服する方法についてもご自由に発言して頂きたいと思います。