【基調講演】第40回 「人権 ~人権と社会との関係性~」

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日本では憲法の三大原則の中に「基本的人権」というものがあり、世界的には国連において「世界人権宣言」というものがありますが、現実は「人権」に関する定義は国によって様々です。

その解釈も時間とともに変化しながら、今、人権という名の権利が更に過大解釈され何でも認められるような風潮にあります。

これまで性的マイノリティとして社会の表舞台に出てこなかったゲイやレズビアンなどの法案化が求められたり、病気の辛さから安楽死や尊厳死を望む患者の死の権利も求められたりしています。

また、権利と権利の衝突という現象も起きています。

典型例では、芸能人や政治家のプライバシーを暴く報道です。

プライバシー権と報道の自由権です。

インターネットでは、個人情報を一方的に削除できる、忘れられる権利と知る権利などがあります。

資本主義経済の発展により、これまでのような自由権の保障だけでは、すべての人が人間らしく生きていくことが困難になり、社会権が発展したわけですが、このままだと人権という名の権利でなんでも認められるという、権利の主張が蔓延し、ますます大変な世の中になってしまいそうです。

人権という言葉がどういうことをさしているか、はっきりしている場合もあれば、その時々の雰囲気や気持ちで、人権という言葉が使われていることもあるのではないでしょうか?

人間は社会の一員としての存在です。しかし、個々の主張や希望を人権という言葉で正当化され、社会との関係性が無視されているのが現在の状況です。

そこで今回は、「人権と社会との関係」というテーマで、社会の一員として、現代においては世界の中の一員として、この人権とは、どこまで主張することができるのか?または、どこまで認めるべきなのか?

社会の一員という関係性から見た人権ということについて、みなさまの自由なご意見をお聞かせください。